高田郁文化財団

この一冊この一冊

本を届けるという仕事

株式会社トーハン 細井泰蔵

借りの哲学

今回ご紹介させていただく本『借りの哲学』(太田出版/ナタリー・サルトゥー・ラジュ)はタイトルの通り哲学書です。少しお堅い印象かもしれませんが、自分の出版業界ではたらく人生を大きく意味づけてくれたと思える一冊です。

私が所属している出版販売会社(取次)は、普段は出版社さんと書店さんをお繋ぎすることが仕事です。いわゆるB to Bの会社なので、お客様(読者)の反応がなかなか見られません。仕事に対しての明確な手ごたえが感じづらいことに対して、入社して数年目の私は「自分の仕事は一体誰の役に立っているのだろうか…」と悩んでおりました。

そんな時期に、梅田の紀伊國屋書店さんで平積みされていたこの本とまさに“目が合い”ました。「素敵な装丁だな」と手に取ったのを今でも鮮明に覚えています。

本書のタイトルにある『借り』とは「債務」に加え、「恩」や「負い」といった意味が含まれています。親から育ててもらった「恩」や、誰かに優しくしてもらったという「負い」の感情などをイメージしていただければよいかと思います。

乱暴な要約ですが、本書では「『借り』を自覚することで、人は道徳的な存在になることができる」と説かれています。

極端な話かもしれませんが、この本との出会いも、著者・出版社・仕入れて売場に陳列する書店員さんの存在があってのものです。

著者ご本人もまさか、はるか遠く日本の片隅で「この一冊」に選ばれて紹介しているなんてことはご存知ないでしょうし、平台に陳列した書店員さんも私の人生の一冊になったなど知る由もないでしょう。ただ、こうして誰かに作用しているということがすごくロマンティックではないでしょうか。

「本を届ける」ということは、誰に届くかわからない、どこで作用するかわからないものを届ける「祈り」のようなものだなと、仕事に対する見方が大きく変わりました。

取次の仕事も、そんな誰かの「祈り」を届けるための重要な役割を果たしているのかと思うと、随分と自分の仕事にも自信を持てるようになりました。

今回、OsakaBookOneProjecrtの取組みを通じて、このような身に余る機会を頂戴できたこと、本当に光栄に思います。立ち上げから尽力いただいた諸先輩方や、ご協力いただいた歴代の出版社様・著者様からいただいた『借り』を、しっかりと未来へ繋げていくことでお返ししたいと思います。

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