高田郁文化財団

この一冊この一冊

髙田郁をはじめ書店員さんなど本に関わる皆さんが選ぶ「一冊」をリレー形式で紹介いたします

 この文庫のタイトルが『本当のリーダーの見つけ方』で、サイズが新書判だったなら、手に取らなかったかもしれません(きっと組織で働く人向けの自己啓発書だと思ったはず)。 著者が梨木香歩さんでなかったら、私はこの本に目を留めなかったかもしれません(言わずもがなですが『西の魔女が死んだ』の著者です。その梨木 …続きを読む

 いつも埼玉方面からやってくる満員電車と涼しい顔ですれ違う高校生活でした。  平日朝の西武新宿線の下り電車、しかも各駅停車は上り電車がぎゅうぎゅうのすし詰め状態なのとは真逆のガラガラで、車両に一人きり、ということが何度もあるほど空いていました。  自宅がある駅から高校の最寄り駅までは40分ほど。携帯 …続きを読む

 本は迷子になりたがる。 読み終えた本は、本棚に差したい。でも、棚はすぐいっぱいになるので、わずかに空いた場所を見つけて平積みにする。いつか読み返すかもしれないから、簡単には捨てられない。ものぐさも相まって、地層のように積み上がっていく。  それでも、引っ越しとなれば話は別だ。段ボールはできるだけ減 …続きを読む

 「よく見ろ、日本人。これが戦争だ。」
『亡国のイージス』のこのセリフに、当時、国防とは何か?平和とは何か?そして、自分は何のために生き、どう生きたいのかを考えさせられた。 帝国海軍に所属していた祖父は、戦時中に艦上で負傷している。それにもかかわらず、私は戦争をどこか遠いものとして生きてきた。作中で …続きを読む

 私の中学時代は、校則に縛られながら勉強するばかりで、「何のために生きているのか分からない。」と思う毎日だった。高校に入ると、頭は動くのにハートは止まったようになり、進路もなかなか見つけられなかった。そこで、「そもそも生きる意味が分からないのに、進むべき道が分かるはずはないから、まず大学で哲学を勉強 …続きを読む

 私は学生時代、本屋でアルバイトをしていた。私が住む田舎町では街の中心に本屋が何軒かあり、友人との待ち合わせ、バスを待つ間、時間を持て余した時など、いつも本屋を利用していた。アルバイトが休みの日でも、空いた時間に一人でフラッと行ける場所は私には本屋しかない。それぐらい私にとっては大切な場所だった。就 …続きを読む

21歳のときに、大学の先輩から「いい本があるねん」と手渡されたのがこの本だった。開くと、右にはページいっぱいに大きな笑顔の写真、左には「夢」をテーマにした作文。それが1歳の赤ちゃんから100歳のおばあちゃんまで、100人分載っている。載っている人はみんな一般人。有名な人は1人もいない。強いていうなら …続きを読む

 サラリーマン生活の一時期、わたしは食文化活動を行う部署に所属し食文化誌の企画編集をしていた。そのときは「本に関わるひとたち」であった。しかしわたしは読書好きではない。寄稿するなんてとてもとても・・・・と思ったところで1冊の本が浮かんだ。玉村豊男氏の『料理の四面体』である。  料理の四面体とは、料理 …続きを読む

 300人が暮らす小さな山間の集落に、古民家を改修して古書店カフェを昨年オープンした。離れには一棟貸しの宿もある。場所は高知県土佐郡土佐町というところ。最寄り駅まで車で40分、目ぼしい観光地と言えば大きなダムが1つあるだけという、中山間地域と呼ばれる林業と農業が基幹産業の片田舎だ。  高知の市街地か …続きを読む

 気付けば、書店で働いて20年以上。人生の半分以上を本に囲まれて過ごしてきました。  生まれ育ちは周りを田んぼに囲まれた田舎で、当時の娯楽といえばテレビ、映画、音楽、ファミコン、本にほとんど限られていました。この幼少期から青春期の時間で今の仕事にも繋がるインドア趣味が完全養成されたのだと思います。  …続きを読む

 本屋なのだが恥ずかしながら読書家ではない。高校2年生の時に付き合っていた彼女から『月に何冊くらい本を読むの?』と唐突に聞かれ、『月に!? 年に1冊読むかどうかやわ』と答えて呆れられたことがあるほど、本を読んでこなかった。大学入学後、父が勤めていた小さな取次を辞めて百貨店内で本屋をやることになった。 …続きを読む

 「この一冊」の記念すべき50回目に声かけいただいた時、ちょうどこの本を読み返した直後だった。最初に読んだのは中学生の時・・・。  僕は幼いころから病弱で小学校は休みがち。なかなか友達ができず、いつも一人で本を読んでいた。そんな自分を変えたくて中学受験をして中高一貫校に入学したが、やっぱりなかなか皆 …続きを読む