取り戻す旅
スタンダードブックストア 中川和彦

本屋なのだが恥ずかしながら読書家ではない。高校2年生の時に付き合っていた彼女から『月に何冊くらい本を読むの?』と唐突に聞かれ、『月に!? 年に1冊読むかどうかやわ』と答えて呆れられたことがあるほど、本を読んでこなかった。大学入学後、父が勤めていた小さな取次を辞めて百貨店内で本屋をやることになった。そして数年後に亡くなり私が引き継ぐことに。本のことも百貨店のこともわからない。運命のイタズラ、、、。百貨店内で眼鏡屋を営む父の友人に専務になっていただき、どうにかこうにかスタートした。大学生の頃は国内外の冒険小説を読むようになっていたが、誰もが読んでいる国内作家の名作を読んでいないことがコンプレックスで、太宰治『人間失格』を読んだ。読了したことがうれしくて専務に「『人間失格』読みました」と伝えると「あんなもんはもっと早うに読んどくもんやろ」と返された。よくもまあ、本屋を続けてこられたもんである。
何年か前、60回を数えようかという誕生日、友人から太宰治『津軽』をプレゼントされた。太宰の地元津軽書房刊でケース入りの美しい本だった。チラッと見ただけでいつものように積読状態に、、、。数年前Facebookで友人の編集者藤本智士が青森を旅しているのをたまたま目にした。彼は秋田の仕事もしていたので秋田の情報もあった。彼の旅が私の中に入り込み、子どもの頃から乗りたくて仕方がなかった日本海沿いを走る五能線、さらに太宰を呼び起こした。一気に『津軽』を読んだ。津軽へ行かなければならない。すぐ妻に話した。五能線の鈍行に乗り、車窓を楽しもうと。予定は出来る限り立てない。カネは無い。ギリギリあったマイレージを使う安旅。民宿とビジネスホテルを手配した。車窓は美しかった。日本海も雪を抱いた山も。太宰の地元に向かう津軽鉄道のストーブ列車ではもちろん日本酒。イカはストーブで炙っていただいたが、ぬるめの燗ではなくひや酒だ。斜陽館では初めて太宰治に触れた妻が、本を読みたくなった、と言った。『人間失格』な太宰治の人間的魅力に惹かれた。
民宿の料理はボリューム満点、素朴で全てうまかった。立佞武多の展示に度肝を抜かれた五所川原では田舎料理の居酒屋の暖簾をくぐった。客は妻と私の二人だけ。女将に津軽の「ほんとうの」郷土料理の話を聞きながら地元の酒をいただいた。のんびりでき、癒された旅だった。
藤本は上記の旅を『取り戻す旅』という本にした。そもそも予定調和を嫌う彼は取材もずっと行き当たりばったりだったが、そんな旅をしばらくしていなかったことに気づき、東北を旅したのだった。藤本の『取り戻す旅』は原点回帰。本の新しい売り方を考え、実現し、次のステージへの一歩を踏み出した。
一方、私は『仕事』と称して長年妻や家庭を置き去りにしてきた。秋田から青森は妻との久しぶりのふたり旅。一生かかっても妻をほったらかしにした時間、言いかえれば妻に甘えていた時間は取り戻せないが、みちのくという言葉を噛み締めながらの自由なあの旅は、私に取っての『取り戻す旅』の一歩にしたいと思っている。
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