高田郁文化財団

この一冊この一冊

髙田郁をはじめ書店員さんなど本に関わる皆さんが選ぶ「一冊」をリレー形式で紹介いたします

 その日が近づくと、心が騒ぎ体がウズウズする。 根っからの祭り好きである。 地元の氏神様が祀られている、千二百年の伝統を持つ茨木神社の祭礼は毎年7月14日に斎行れる。 もちろん、氏子の一人として毎年渡御のご奉仕をさせていただいている。 子どもから大人まで、神輿を舁いて朝から晩まで市内氏地を巡行する。 …続きを読む

皆さんの人生で初めて読んだ小説はなんですか? 初めて小説を読んだのは何歳の時ですか? 本との出会い、そのきっかけは人それぞれです。わたしは小さい頃は体も小さく、活発な子供ではなかった為、幼稚園の頃から、運動をするよりも絵本を読んで育ちました。 そんな私が、小説の世界に初めて触れたのは中学1年生。 同 …続きを読む

 桜が大好きだった父が、桜の季節に亡くなってから6年半になります。  高校卒業後、進学のために実家を出て、40年近く、親と離れて暮らしていたので、父がいないという実感は、金婚式を祝ったあとも何年も一緒に暮らしてきた母ほどではないと思います。それでも、時折、さまざまなことを思い出しては涙が出るというこ …続きを読む

本をよく読む人にとって、「表紙」のインパクトはどれほど重要だろう? 本の選び方は人それぞれ。わたしは完全にビジュアルから入るほうで、CDが全盛期だった頃の言葉でいう「ジャケ買い」派なところがある。 書店の仕事は、毎日毎日大量に入荷する本を並べ、先月の新刊を移動し、売れた本を発注し、売れない本を抜いて …続きを読む

太宰が好きだということを、隠していた時期があった。好きな作家は、と問われ、正直に話した時の相手の反応が酷かった。なるほどそっち系なのね、と勝手に色を付けられ、ついぞ心から打ち解けることはなかった。 こういったことは人に話すことではなく、自分の内に留めておくものなんだな、と結構長い間慎重に生きていたよ …続きを読む

 皆さんは、『大阪ほんま本大賞』というものをご存じでしょうか?正式名称は『大阪の本屋と問屋がほんまに読んでほしい本』と言い、これを運営しているのは、大阪の本屋と問屋の有志で結成した『OsakaBookOneProject』という団体なのです。 詳しくは、公式ホームページがあるのでそこを参照していただ …続きを読む

 6歳の時、伯父の葬儀に参列した。人は死んだらこうなるのかと幼心に強烈に刻み込まれた。「お父さんやお母さんやおばあちゃんにいつか来るその日」を想像し、布団の中で泣いていた。父母や祖父母を思うというより、大切な人を失うことにおびえる自己中心的な感情だったのかもしれない。  22歳の時、お世話になった大 …続きを読む

 同期入社の友人が自ら命を絶ったのは、今から10年ほど前、初夏のことだったでしょうか。  会社の近くで偶然、ひさびさに顔を合わせた時、彼はいつになく気弱な調子で「僕、つらいんだよ、死にたいんだよ」と言い出しました。  前触れもなく編集部に訪れては、大音量で無謀な企画を語り、嬉しそうに笑っていた彼のそ …続きを読む

小・中学生時代は野球少年で「一球入魂」、高校・大学時代は格闘技にハマり「押忍・大和魂」。 22歳で出版営業に携わり四半世紀。精神論、気合い、根性、体力だけで生きてきてしまった私が選ぶこの1冊は、「魂の一行詩」(角川春樹:著 文学の森 刊) 子供のころから定期講読していた漫画雑誌や格闘技雑誌、たくさん …続きを読む

私が初めて一人暮らしをしたのは、大学生の時。県外の大学へ進学を決めたため、一人暮らしが始まった。 始めての一人暮らしは、忙しいものだった。サークルに、勉強に、友達付き合いに、バイト。ぐるぐると時間を追いかけながら、知らない世界を駆け回った。時間はあっという間に過ぎ、気付けば夏休みになっていた。 夏休 …続きを読む

この財団の活動を閲覧される皆様は、恐らく髙田郁さんのファンの方々や、読書を趣味にする方が多いのではないかと思います。というか、勝手に仮定して進めさせて頂きますね。 因みに、私は大学を卒業後34年間 本・雑誌の流通に関与する取次会社(本の問屋的な会社)に勤務しており、髙田先生とはある企画の販売・運営担 …続きを読む

 20代のころ、何かに追い立てられるように趣味を持たなきゃと思い込み一眼レフを買いました。多分、ちょっとかじってますって恰好付けて言えることなら何でも良かったんだと思います。案の定、数年後には押し入れに。機械式でマニュアルフォーカスのフィルムカメラでした。  30代のころ、子を授かり再び写真を撮りは …続きを読む