高田郁文化財団

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新宿から遠ざかっていく電車のなかで

双葉社文芸出版部 佐野健二

毒猿

 いつも埼玉方面からやってくる満員電車と涼しい顔ですれ違う高校生活でした。

 平日朝の西武新宿線の下り電車、しかも各駅停車は上り電車がぎゅうぎゅうのすし詰め状態なのとは真逆のガラガラで、車両に一人きり、ということが何度もあるほど空いていました。

 自宅がある駅から高校の最寄り駅までは40分ほど。携帯電話はまだ一部の大人しかもっておらず、車内でやることといえば本を読むことくらい。いえ、読むことくらい、ではなく、静かな車内で電車に揺られながらの読書は、至福の時間でした。

 宮部みゆき、東野圭吾などの当時大ヒットしていた社会派ミステリーの作家から司馬遼太郎や池波正太郎の歴史シリーズまで、高田馬場の大型書店で買いあさっては電車内で読みふけっていました。

 そんななかで出会ったのが「新宿鮫」シリーズでした。キャリア警察官なのに新宿署の生安にずっといる孤高の刑事・鮫島。ヤクザだろうが不良外国人だろうがおかまいなし。クールで知的で裏がある。それでもたまに見せる優しさや男らしさに痺れました。

 なかでも夢中で読んだのが『毒猿 新宿鮫2』です。台湾からやってきた最強の殺し屋・毒猿。その毒猿を追う台湾の刑事が鮫島とタッグを組むのですが、鮫島はもちろん、この台湾の殺し屋の「哀しきモンスター」ぶりに魅了されてしまいました。

 ただの殺人鬼ではなく、想いを踏みにじられ、裏切りに合い、大切な人を失い……男はモンスターに「なってしまった」。ラスト、鮫島と毒猿が新宿御苑で繰り広げるアクションは、文字通りページをめくる手が止まらず、高校の最寄り駅を通過してしまったのを覚えています。

 鮫島は新宿にいる――。そんなことを想像しながら、新宿から遠ざかっていく電車に乗って高校へ向かう。帰りは鮫島が悪を追っている描写にのめりこみながら新宿方面に向かう。自分が生まれ育った街から一番近い歓楽街・新宿に思いを馳せながら「新宿鮫」シリーズを読む時間は、今思い返しても、とても特別だったのだと思います。

 そんなハードボイルド刑事に憧れながらも、バイトと飲み会に明け暮れる、なんとも軟弱な大学生になった私は、卒業して出版社に入り、エロ、グロ、バイオレンスが売りの週刊誌に配属されたのち、40手前で文芸の世界に入ることになりました。

 がらがらの各駅停車のなかで新宿鮫に憧れてから20数年。歌舞伎町はその間に大きく姿をかえ、かつてあったコマ劇場はなくなり、てっぺんでゴジラが睨みをきかせる高層ビルへと生まれ変わり、街中は外国人であふれかえっています。それでも、たまに歌舞伎町に行くと、どこかで今も鮫島が不良外国人や半グレ、ヤクザを追っているのではないか、と思ってしまいます。そう思えるシリーズに出会えたこと、また、そのシリーズが今もなお続いていることに感謝するばかりです。だから読書はやめられない。 たまに実家に帰るとき、西武新宿線に乗り込むと、あのときスマホがなかったこと、手元に小説があったことがどんなに幸運だったかと、スマホとにらめっこしている乗客を見ながらしみじみと思ってしまいます。

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