高田郁文化財団

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私の「航海記」

双葉社 藪長文彦

どくとるマンボウ航海記

 本は迷子になりたがる。
 読み終えた本は、本棚に差したい。でも、棚はすぐいっぱいになるので、わずかに空いた場所を見つけて平積みにする。いつか読み返すかもしれないから、簡単には捨てられない。ものぐさも相まって、地層のように積み上がっていく。

 それでも、引っ越しとなれば話は別だ。段ボールはできるだけ減らしたいし、新しいに住まいに移った時くらい、さっぱりしたい。いつもパンパンの本棚にも、たまにはゆとりを持たせたい。だから、断腸の思いで本を整理する。好きそうな人にあげたり、実家に送りつけたりもする。
 すると、読みたい本に限って消えてしまう。

 30代の頃は、取りつかれたように引っ越していた。結婚して広い部屋に移ったが、間もなく離婚してワンルームに逆戻り。そこで精神的に参って気分転換で一回引っ越し、さらに今の妻と出会って同棲のために再び広い部屋へ。二度目の結婚を経て子供が生まれて、思い切って家を買ったので都合5回。平均2年間隔とは、生来のものぐさにしては、よくやったものだ。

 そんな引っ越しというより人生の荒波に見事にのまれて、たいていの本に旅立たれてしまったが、何度も買い直して手元に置いているのが、北杜夫さんの『どくとるマンボウ航海記』である。

 初めて読んだのは小学生の頃で、旅先で出会った珍しいものを面白おかしく書いているだけなのに、いつ読んでも古びない。
「サメもいくらでもかかってくる。(略)自分で暴れて縄に絡まった奴は仕方ないからひきあげて頭を斧で叩き切る。胴体はなおくねりまわるからズタズタに引き裂く。それでも肉片はピクピク動いているし、心臓はひとりで長いことモコモコと脈打っている。おおよそ原始的な生命力なのである。」
 今でも水族館でサメを見るたびに、思い出す。文章が目の前のサメより生き生きしている。ふざけているようでいて、無駄がない。

 この本をきっかけに10代の頃は、北さんの「マンボウもの」といわれるエッセイやライバルである遠藤周作さんの「狐狸庵もの」を読みふけり、さすがにエッセイだけでは体面が悪いと、北さんや遠藤さんの小説も読むようになった。さらに、北さんに『航海記』の執筆を依頼した、中央公論の元編集者・宮脇俊三さんの鉄道エッセイに出会って、立派な鉄道マニアができあがった。

 20代の頃は、臆病なくせに北さんのように旅で面白いものに出会いたいと、海外旅行を繰り返した。30代になると旅行どころではなくなったが、何があっても笑い飛ばせるし、ユーモアがあればなんとかなる。その根本を『航海記』に教えてもらえたから、やってこられた。まさに自分を支えてくれた本なのだ。

 実は手元に『航海記』が二冊ある。ケチな自分としては珍しいことだが、一冊は5歳の息子を連れて八丈島に出かけた時に、町の本屋さんで入手したものだ。八丈島から東京の竹芝桟橋までは大型船で半日がかり。太平洋では電波が届かずスマホも使えないし、『航海記』を海の上で読むのも粋ではないか!
 ところが、行きは穏やかだったはずの航海が、帰りは大シケ。気持ち悪くて、とても本など読めたものではない。二等船室の座敷でゴロ寝するばかりで、ページは開かずに持ち帰ってきた。
 ピカピカの1冊は、大きくなったら息子にプレゼントしよう。

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