どんなに仕掛けても売れなかった本
M(出版社勤務)

「この1冊」の掲載第44回目を4月に更新、奇しくも4が3つという麻雀の役みたいな数字が並んだ。麻雀が大好きな作家を思い出した。
私が紹介する作品は「臆病者」(著者・浜田文人)。
何度か担当書店で仕掛けたが、当時のやり方が上手くなかったためか、あまり売れたという印象はない。いまも埋もれ続けたままだろう。
浜田先生と麻雀との関係について、私が最初にお聞きしたのは、著者の指先がとても丁寧に整えられて女性みたいにキレイな手だったこと。フリーの記者になる前は、お金をかけて代打ちをする雀士だったという。他にもいろいろとされていたようだが、当時は素性を明かせないことから、取材時には顔出しはせず写真は手元だけを撮影許可していたことから指先には気を遣っていたという。もっと他のところに気を遣っても良さそうだが……。
聞くと、代打ちの仕事(?)は1日かけて麻雀をすることもあるらしく、勝負の時間のなかに浮き沈みがあり、流れの見極めが大切らしい。
お話を聞くことで、正直作品よりも著者の半生が気になり自伝的小説を過去に刊行したことがあると聞いて、「臆病者」にたどり着いた。
この作品は、主人公が学生時代にキャバレーのボーイをしていたときに、知り合いのやくざから紹介された麻雀の代打ちの仕事をきっかけに物語が展開されていく。凄腕の博奕打ちとの出会いが、主人公を裏の世界の深みへと引き込み、最後は出会った人たちすべてが不幸になるという話。
おそらく作品内容に近いことを浜田先生は経験されたようだが、このことについて一切答えてはくれなかった。私が転職後、浜田先生との交流は途絶えてしまい、新刊が発売されなくなったことから、人づてに逝去されたと悲しい知らせを耳にした。
お金にだらしがなかったけど、誰からも愛される人だった。
親友である黒川博行先生が、直木賞を受賞されたときは大変喜ばれていたが、浜田先生にとっては複雑な心境だったのではと思い返す。
一緒にお仕事をさせていただいたなかで、行きつけのお店によく連れて行ってもらった。
紀伊國屋書店新宿本店訪問後、ランチの定番としていた「車屋別館」、梅田駅周辺で同行販促後に食事した「ステーキ スエヒロ」、この2店舗で食事をすると浜田先生との思い出が甦る。
『浜田さん、このお店はまだ続いていますよ』
