高田郁文化財団

この一冊この一冊

K君を偲んで

加藤裕啓(元書店員)

狼は瞑らない

 45年勤務した本屋を退職して3年が過ぎた。もう一生をかけても読み切れないほどの本が書棚にはある。無造作に並べられた本を眺めては時には暇に任せて色々と整理してみる。著者別や内容別や判型を揃えたりと、思いついたように整理を始めるのは本屋勤めが長かったサガかも知れない。2024年暮れも押し迫ったある日、文庫本を整理しているとこの年の春に若くして逝去したK君が帯に推薦文を書いている文庫文を発見した。

 彼とは私のキャリアの晩年に本社に異動したときに知り合った部下である。新しい店舗を開店させ店長として孤軍奮闘している様子に、私も何度か激励のために店を訪れたことがある。そんな彼の訃報が届いたのは5月。驚きと悲しみの中、39歳の若すぎる死を悼んだ。何よりご両親の悲しみは計り知れない。この文庫の推薦文を読んだ瞬間「これはご両親にお届けしなければいけない」そんな思いに囚われた。私もそうだが自分の子供がどんな仕事をしているのか案外親は知らない。K君の仕事していた一旦でも届けられたらとそんな思いに駆られた。ただ、読んでから送らないと失礼とも思い急いで読み始めた。

 かつて警視庁警備部のSPとして政治家を擁護していたエリート警察官。今は一線を退き北アルプスの山岳警備隊。遭難者の救出する隊員の山岳小説と思いきや政界と警察の闇を知り過ぎた元SPを消すために送り込まれた暗殺者集団との死闘の物語である。登山には全く無知な私は山岳道具やクライミングの技術などほとんどわからないが救出や格闘シーンは文脈から十分に想像出来る。

 読み終えて目の前に色々な場面の映像が蘇る感覚であった。この作品は映像化すると面白いと思った。また続編が発行されているのではとか同じ主人公の作品があるのではと気になって探してみた。残念ながらいずれも見つけることはできなかったが、壮大な小説は序章のみで終わった事が確認出来た。やはり政治や企業の闇を暴く小説の最後は消化不良になる事が多いのが残念の極みであるが、読みごたえは十分で満足できた。

 こんなジャンルの小説を読むことはない。奥付けから推測すると10年以上前に買った事になる。どうして書棚にあったのかも購入した経緯も記憶は定かではない。ただ色々な店を訪問し担当者の皆さんに勧められたのだろう。現役の頃はこのように買ったものの「積ん読」となっている本も多くある。購入当時はK君とは勿論面識は無い。こんな形で彼の仕事のいったんを知ることができたが、彼はもういない。感想を伝える術もない。人生は人との出会い、本との出会いとの言葉も蘇った。
ふたたびK君に合掌。

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