高田郁文化財団

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私が本を読むきっかけになった出来事

土かべ文庫 店主  綾田則朗

百万ドルをとり返せ

私が初めて自身のお小遣いで文庫本を買ったのは高校2年生のときです。
それまで漫画の本ばかり読んでいて、活字の本は読書感想文の宿題以外は読んだことがなかったと思います。
地元高槻の公立高校に通っていた私の移動手段はいつも自転車。自転車に乗って駅前に出て洋服を見たり、レンタルCD屋に行ったりしていました。高校2年生になると少し行動範囲も広くなり、バーゲンシーズンになると友達と洋服を買いに電車で梅田に出るようになりました。
ある日、友達と梅田に洋服を買いに行った帰りの電車で同年代の私立高校生が、割と空いている車内で吊革を持ちながら、姿勢よく片手で文庫本を読んでいる姿にドキッとしました。
電車の座席に座ってベラベラしゃべっている私たちに対して、座るのも忘れて読書に集中している彼。電車通学の高校生だったら何気ない光景だと思うのですが、ほぼ全員が自転車通学の地元公立高校生のわたしにとって彼の姿は新鮮で、同世代なのにあこがれのような感情を覚えました。
その日、高槻の駅で友達と別れた後、高槻センター街にあった高槻ブックセンター(ウナギの寝床のような細長い店内でした。残念ながら今はもうなくなっています)に立ち寄り、私に読める文庫本がないか探してみました。音楽だったらテレビやラジオで聴いて気に入ったタイトルのCDを探すことができたのですが、当時の私は本に関する知識が全くなく、どのような作家がいてどのようなジャンルがあるかもわからない。けど何かを買って帰りたい。
その日、2冊文庫本を買いました。買った本は
『百万ドルをとり返せ!』ジェフリー・アーチャー
『三毛猫ホームズの推理』赤川次郎
とりあえず外国人作家と日本人作家の「あ」行の「あ」から買うことにしました。
おもしろかった!2冊とも何度読み返しても面白い!結末はわかっているのに。
特に『百万ドルをとり返せ!』は何度人に勧めたことか。
それから『ケインとアベル』『めざせダウニング街10番地』を読み、アーチャー作品のとりこになった私は、アーチャー作品のほとんどを読むまでに。

要するにぼくはカッコをつけたかったんだと思います。私がその高校生に抱いた感情を、私も本を読むことで誰かにそう思ってもらいたかった。
初めて本を買ったのは、人の目を気にしたそんな些細な理由からでした。
それでもこのことがきっかけで本を好きになったことは間違いなく、その後ジャンルに関係なくたくさんの本と出会うことができました。
それから2年後、私も電車で文庫本を読み始めるようになりました。電車で予備校に通うようになったからです。
その頃の私に言ってあげたい。 「カッコつけて文庫本を読む暇があったら、参考書を読め!志望校に落ちるよ。」と。

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