父からの宿題
丸善ジュンク堂書店 北山
一冊の本をとりあげる。
書きはじめる前はワクワクしていたが、いざ書こうとすると一冊だけを選ぶ難しさに、ああでもないこうでもないと悩んでしまう。
ここはひとつ、読んでいないのに特別な一冊について書くことにしよう。
私の父はとても本が好きな人だ。
漫画、小説、詩歌、歴史学から哲学書までなんでも読むし、娘が言うのもなんだが面白い本を見つける嗅覚に優れていると思う。
高校生までは、父が誕生日に本を贈ってくれるという決まり事があり、いま思うと、日々の私の興味関心をよく捉えていたなと感心する。
テレビの世界名作劇場が好きなときは『小公女』や『若草物語』
短歌に興味を持ちはじめたら『サラダ記念日』
平安時代にハマッたときには『桃尻語訳枕草子』
ときには自分が子どものころに読んだという、すり切れた『家族ロビンソン』や『ドリトル先生航海記』をくれた。
どの本も面白かったし、父と本について話すのが楽しかった。
本に対して一切の偏見がない人で『ガラスの仮面』を読みだせば止まらないし、まだホワイトハート版しか出ていない時代に『十二国記』シリーズを読んで「これはすごい! 完全なるジュブナイル小説だ!」と饒舌に語る。
つい最近も「デルフィニア戦記もってない? 図書館にないんだよ」と、わたしの本棚からごっそり持っていった。
読書量も幅広さも桁違いで、追いつける気がまったくしない。
まだ新人文庫担当だった頃、テレビで大岡昇平の『レイテ戦記』がとりあげられているのを見て、ここぞとばかりに「新潮文庫だよね」と言ったらジロリと睨まれ、「俘虜記が新潮文庫、レイテは中公だ」と訂正された。すみませんでした。
でも、中高年男性がメインターゲットである新書の面陳を決める際に「父が好きそうな本」を念頭に置いて選ぶとよく売れた。
このアンテナには本当に助けられたと思う。
さて、忘れもしない小学校五年生の誕生日に贈られたのが『モンテ・クリスト伯』(岩波文庫、全七巻)である。
「巌窟王ってどんなお話?」と尋ねたのを覚えていてくれたのだろう。
しかし容赦なく難しい文体、挿絵もなければ表紙の絵もない本に「難しすぎて読めない」と文句を言ったら「読めるさ! だって面白いんだから!」
父がここまで言うのだから絶対に面白いのはまちがいない。
と思いつつ、その後もことあるごとに読んでみようと手に取るのだが、どうしても途中で挫折してしまう。
おそらく年齢の重ね方が足りないのだろう。
わたしも、あの頃の父と同じ世代になればきっと……。
あれ? 当時の父は三十代だったはずで、とうに自分の年齢のほうが上だった。
こうして『モンテ・クリスト伯』は、わたしの人生において特別な本となり、いつまでも提出できない宿題のように、いまもわたしの本棚に収まっている。
やはり、父に追いつける気はまったくしない。
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自分の本当の気持ちに気づいた一冊