高田郁文化財団

この一冊この一冊

大切に…… 大切に……

寒太郎(書店員)

悠久の時を旅する

 20代のころ、何かに追い立てられるように趣味を持たなきゃと思い込み一眼レフを買いました。多分、ちょっとかじってますって恰好付けて言えることなら何でも良かったんだと思います。案の定、数年後には押し入れに。機械式でマニュアルフォーカスのフィルムカメラでした。

 30代のころ、子を授かり再び写真を撮りはじめました。しばらくフィルムで頑張っていたのですが、お手軽感や便利さに抗えずデジタルカメラに移行。少ししてプロカメラマンとして活躍している写真家さんと知り合うことができ、撮影の「いろは」を教わりました。やっと本当の趣味に昇格です。

 40代になって子育てもひと段落。そんな時たまたま京都の百貨店で開催される星野道夫さんの没後20周年の写真展のチケットが手に入り夫婦で出かけることになりました。何かに呼ばれるように出向いたことを今でもはっきり覚えています。もちろん星野さんのお名前も実績も知ってはいましたが、じっくりと作品に向かい合うのは初めてでした。ただただ圧倒され、何度も何度も涙がこぼれそうになりました。生きるということの根源的なところを揺さぶられた気がしました。写真の技術書は何冊も買いましたが、写真集はこの一冊だけです。

 写真展の出口の壁に星野さんの直筆のメッセージがありました。

 短い一生で 心魅かれることに 多くは出会わない

 もし 見つけたら 大切に…… 大切に……

 年一回、その年撮りためた家族の写真を選りすぐり、クリスマスに合わせて一人一人に文庫本サイズ一冊の小さな写真集を作ります。心魅かれる瞬間です。真剣に写真を撮ることで記憶や空気、時の流れも一緒に切り取れることを学びました。

 50代が目の前にきて。残り時間を意識する機会が増えたように思います。仕事でも子育てでも次世代へバトンを渡すことに重きを置くようになりました。

 星野さんの作品は、自然の摂理や時の連なり、偶然が折り重なって到達できる大きな営みを写真という手段で時を超え、その素晴らしさを我々に語り掛けてくれているのだと思います。歳を重ねるにつれ、便利に溺れることなく丁寧に手間や準備を惜しまず物事に取り組むことで、考えたり感じたり想像したりする余裕が生まれることを知りました。その姿を見せていくことが繋がる、繋げることになるかもしれないと思い始めています。 60代、仕事がひと段落したらもう一度フィルムカメラを引っ張り出して旅に出よう。

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